シューマン先生と同じ病気

と診断され、2015年夏まで数年に渡り西洋薬による治療をしていました。

(シューマンの精神疾患については統合失調症や梅毒など諸説ありますが、双極性障害(躁鬱病)であったとする研究結果も広く知られています。)


シューマン以外にも、音楽家ではベートーヴェンや、ジャズピアニストのセロニアス・モンクなども双極性障害であったと謂われています。

役者さんや、作家にもこの病気を抱える人は少なくありません。


とは言え、双極性障害と芸術的素養の因果関係について論じたい訳ではありません。

双極性障害は近年増加傾向にあると言われていて、然程稀な病気でもないからです。

ストレスフルな現代社会の象徴とも見えますが、新薬を売りたい製薬会社の策略だとする見方もあるようです。


実際のところはどうか分かりませんが、私自身も自分に下された診断結果に懐疑的でした。


精神疾患の診断というのはレントゲンや血液検査のように明確な数値が出るものではなく、医師によって診断名が違うことも珍しくありません。

(最近では光トポグラフィー検査も出てきましたが、その精度は未だ途上にあり補助的役割の域を出ないようです)



現在でも、自分が双極性障害なのかは正直わかりません。


ただ、平均よりも精神の波が激しく情緒不安定傾向なのは間違いないのだろうと思います。

過去にも書いたかもしれませんが、自分ではずっと境界性人格障害を疑っていました。

  1. 現実に、または想像の中で見捨てられることを避けようとする気も狂わんばかりの努力(注:5.の自殺行為または自傷行為は含めないこと )
  2. 理想化と脱価値化との両極端を揺れ動くことによって特徴づけられる不安定で激しい対人関係様式
  3. 同一性障害:著明で持続的な不安定な自己像や自己観
  4. 自己を傷つける可能性のある衝動性で、少なくとも2つの領域にわたるもの(例:浪費、性行為、物質濫用、無謀な運転、むちゃ食い)
  5. 自殺の行為、そぶり、脅し、または自傷行為のくり返し
  6. 顕著な気分反応性による感情不安定性(例:通常は2 - 3時間持続し、2 - 3日以上持続することはまれな強い気分変調、いらいら、または不安)
  7. 慢性的な空虚感
  8. 不適切で激しい怒り、または怒りの制御の困難(例:しばしばかんしゃくを起こす、いつも怒っている、取っ組み合いのけんかをくり返す)
  9. 一過性のストレス関連性の妄想様観念、または重篤な解離性症状


ほぼ全てに当てはまります。

特に、1, 2, 5, 6, 7, 8 の6つ。


大学生の頃から自分はこれじゃないかと思っていたのですが、20代後半になって初めて心療内科を訪れ数年間お世話になった主治医には「それはないと思う」と否定されました。


実際、双極性障害と境界性は併病や誤診も珍しくないようで、判断が難しいようです。

(主治医の口ぶりからすると「境界性だったらもっと激しい、我々専門家が診れば明らかに病的だと判る」というような事を仰っていたので、双極性の躁よりも境界性のほうがより激しく病的だということ?それ以上訊かなかったのでわかりません)


と言うか、双極性障害と診断される前に、初診時には「鬱」だと言われたんですよ。

それから数ヶ月後に双極性と診断が変わったのですが、まぁそれは珍しい事ではなく寧ろそのパターンが多いようです。

その最たる理由は、「躁」の時はいつもよりテンションが高いかな位でそれが病気によるものだと自分あるいは周囲が認識するのが難しく、「鬱」状態になり不安や落ち込み、眠れない(又は逆に起きられない)、無気力、自死衝動などが現れた時に病院を訪れる人が多いので、最初は「鬱」だと診断されるケースが多いのだそう。


ともあれ私にとって病名にあまり意味はなく、

ただただ生きづらさと苦痛、大切な人を傷付けてしまうこと それらが問題で、とにかく何とかしたかった。



とまぁそんな感じで数年に及ぶ治療期間を経たわけです。



で、なぜ今改めてこの病気について書こうと思ったのか。


正直に言えば、今も苦しいからです。

相も変わらず、生きづらいのです。


比較的安定した時期が続いたので、主治医と相談してお薬を減らしてみようかという事になり、1度目は失敗したのですが2度目でなんとか断薬に成功し、離脱症状にも耐え抜けば、

生まれ変わったように素晴らしい日々を生きられる、新しい自分になれる と信じていました。


ですが、そう甘くなかった。


身体的な離脱症状が出ている間は逆にスポ根的精神で乗り切れたのですが、

それを越えて1~2週間後から突然鬱に陥りました。

それから現在まで約2ヶ月間、ずっと鬱のままです。

日によって多少の浮き沈みはありますけれども。


なんとなくあれが原因かな、というきっかけはあったのですが、それはそれとして

この全く明ける気配のない鬱は病気の再発なのか?

それとも数年に渡る服薬の反動によるものなのか?

計りかねています。

病院へ行って医師の意見を仰いでもいいのでしょうが、西洋医学のお医者さんは結局お薬を出すしかありません。


私は治療中を思い返してみて、服薬していればずっと安定して過ごせるかというとそうでもないなと感じたのと、副作用の事や、壮絶な離脱症状の体験もあり

出来る限り服薬治療には戻りたくないと考えています。


なので今は自分で病気に関する知識を集めて、なんとかこの生きづらさから解放される術を探しています。

たまにネガティヴな方に働いて、楽な自殺方法とか探したりしちゃうんですけど…まぁないんですよね楽に死ねる方法なんて。



こういう話を書くことによってお仕事がやりにくくなってしまうんじゃないか、偏見の目で見られるんじゃないかという不安はあります。

「それで失うようなものは所詮その程度のもの」と思ってみても、やはりこわいです。

でも、これ以上ひとりで抱えるのはもう、限界でした。


こういった事をとことん話せる相手は中々いません。

親や恋人や親友といった近しい存在であっても、その人たちにはその人たちの人生があるし、私のために時間や労力や精神力を使ってもらうには限りがあります。

近しいからこそ私もつい甘えてしまって負担をかけ、大切な人をこの数年で大勢失いました。

もうそのような事は繰り返したくありません。。。


だからなんとかひとりで解決しようと思いましたが、このままでは、もう、本当に、また壊れてしまうと感じたので

ここに吐き出しました。


この投稿を読んでまた離れてしまう人もいるかもしれませんが、

それと同時にわたしと同じような想いを抱えている人と出会える機会が増えるかもしれません。

そちらに希望を託します。


治療を終えてから、ネットでの発言にはなるべく気をつかうようにしていて、頑張って「わたしはもう平気」とRaynaを演じているような感覚でした。

これからも衝動的な言動には気を付けつつ、でも自然体で、弱い自分も認めてあげながら(不本意だけど)、綴っていきたいと思います。




これを書くのが元日になったのは偶然です。


調子を崩してからずっと、メンタルの事を書こうかどうしようか悩んでいました。

前述の理由と、書く気力が中々持続しなかったこともあり思い止まっていたのですが、年末になるにつれどんどん調子が悪化し大晦日に最悪の状態になってしまったことでこのままではまずいと感じ、書く事を決意しました。



Rayna

Project〝Neko No-Te♪〟

ピアニストRayna(榎本玲奈)の“まとめ”的サイト♪ 〝Neko No-Te〟とは、「猫の手」「Note=音・ことば」の意味。